魂のレベル

昔からよくいいますね、人は外見より中身よ!

外見が派手だとちょっと引いてしまったり、ひどいと派手なだけで悪口を言われることもあります。

質素にしてると信用されたり、日本人は地味好きなんでしょうか?

 

反対にこんなことも言われます。

何かやるには、まず外見から。

まるで逆説です(笑)

外見をそれっぽくして、徐々に中身を合わせていこう…的な考え方です。

 

スピリチュアルな点からいうと、後者は結構的を得ています。

たとえば、お金持ちになりたかったら…

まずは神様にお願いする。

で、自分は金持ちだ、金持ちになっているところで、順調にいっている。

…そう思い込ませるのにはお金持ちはこんな洋服を着て、こんな家に住んで、こんな暮らしをして…

事細かに空想を膨らませる。

まず形から入る。形を変えると、中身がついてくる。

お金持ちになりたいと願いながら、スーパーで安い服ばかり物色しているのは、

私はお金持ち!の行動に反しているので、頭の中は、「お金持ちになりたい(今は貧乏)」を繰り返していることになるのです。

すると、今は貧乏、お金持ちにあこがれているだけの自分、という精神状態になるので、神様はその状態がもっと続くように叶えてくれる…というわけです。

 

本気で本当のことのごとく思い込む…というのは、結構な技かもしれませんね。

そうすると、やはり今の自分にできる範囲くらいでは、自分の状況を変えた方が思い込みもしやすいってものでしょう。

お金持ちになったらほしい洋服…それくらいは手に入れてしまう(先に)のも、いいのです。

 

類は友を呼ぶ、という諺があります。

人の精神には階層があって、同じランクの人同士でしか付き合えないという法則があります。

死後の世界でも同じなのですが、それはさておき…

学力とか社会的地位とかではありませんよ。

魂のレベルの話です。

まだ幼かったり、経験を積んでいない若い魂は、この世に生まれてもまだ未熟なんです。

うまくいかない…ということをたくさん経験して、一回り成長する。

恵まれた環境にいる場合でも、その中で好き勝手しかやれない、築き上げられていたものを壊してしまう。

そんな経験をするのも、やはり未熟な魂のすること。

でもそれでいいのです。なんども生まれ変わって、たくさんの経験をして、自分を磨き上げていく。

それが、この世に生まれるということなんです。

 

そして、先ほど述べた、同じランク同士でしか付き合えない、これは魂もそうですし、実際人間同士の関係にも当てはまります。

何度も言いますが、社会的地位の話ではありませんよ。

心の大きさの話です。

波長が合うといいますか、やはり一緒にいて心地いいのは同じレベルの魂を持った人間同士です。

 

学生時代、不良っぽい格好をしていると、同じく不良の人に絡まれたり、仲間に入れられそうになったりしました。

外見で同じランクの仲間だ、と思われてしまうからです。

不良は魂が低レベルだというわけではないです。不良の中にもいろいろいます。

でも、その時は不良をしている。

そして、同じく似たような格好の人同士、つるむことになる。

おしゃれな人は、おしゃれが好きな(得意な)仲間同士でつるむ。

すごくおしゃれな人が、洋服に無頓着な人とお買い物に行ったり、ご飯を食べに行ったりはないと思います。

雰囲気が似た者同士は、安心感があるので惹かれるのです。

 

外見だけでなく、内面のことでも同じことが言えます。

精神のレベルが同程度だと、諍いも少なくて済みます。一緒にいて心地いい。お互いのことがよくわかりやすい。

 

お金持ちになりたかったら、まずお金持ちみたいにしてみる。そしてお金持ちなんだと思い込む。

おなじように、いい人間になりたかったら、まずいい人間がしそうなことをやってみる。

いい人間というのはあまりしっくりこないですけれど、例えば、親切な人とか、優しい人、感じのいい人でもいいと思います。

魂のレベルをあげたい、今より素敵な人になりたい、そう思ったら、そんな感じの人のまねをしてみる。

困っている人に手を差し伸べる。

笑顔を絶やさない。人の話をよく聞く。相手の側に立って考える習慣をつける。

出来ることはいろいろあります。

それを少しずつでいいんです。実際にやってみる。

ずっと続けていたら、自分の中でも意識しないでやれるようになって、そのうち周りからも親切な人、いい人…なんて認識されるようになるものです。

気付かぬうちに、目標だった人間になっているでしょう。

レベルが上がると、そのレベルに合った人たちが集まってきます。

感じのいい人たちに囲まれて暮らすのは、とても心地いいものです。

 

外見よりも中身が大事なのは当然ですが、

外見ややれることを変えてしまうことで、実際の自分の中身がついてくる。

それは本当のことなのです。