信じる

昨日、息子たちの中学の合唱コンクールがありました。
特に中3の息子は自由曲のピアノ伴奏を務めたので、
夏休み前から毎日たくさん練習していました。

そんな子供たちの努力も知っていたので、
どのクラスの合唱も心に響き、
涙涙…の私でした(;_:)

三年生の課題曲のタイトルが、
「信じる」
というものでした。

信じる。

これって相手あってのことではないんですよね。

自分自身の心の問題なのです。

男女間で、信じてたのに裏切られた…なんて言い方をしますが、
裏切るというのも、正確には感情であって、事象ではないと思います。

例えば裏切った人からすれば、単にほかの人に目が行ってしまったという事象なわけで、
交際相手を裏切ったかと言えば、そうではない。
裏切られた側が、嫌な言い方をすれば、勝手に裏切られた!と思っただけであって、
それはその人の感情なのです。

結婚の誓いとか、
一生あなただけを見つめていきます…という約束をするわけですが、
その約束を破ったとしても、
それは約束を破ったという事実であって、
それがイコール裏切りというのは、少し違うような…

裏切りというのは、あくまで感情のような気がしてならない。

子供が勉強をしないとき、
お母さんは「勉強しなさい!」っていうことが多いかもしれません。

で、「そんなだから良い点数を取れないのよ!」なんて、
初めから決めつけたセリフまでおまけしちゃってる。

お母さんは無意識でしょうが、子供のことをこの時点で信じてないわけです。
信じてもいないのに、いざ本当に悪い点数を取ってくると
裏切られたように感じる。

でも、信じてなかったよね?って話で。

信じるって、信じる側にものすごーーーく強い心が必要なのです。

信じない方が簡単。

思ったようにならなくても、裏切られた…なんていう気持ちにならないように、
ただ「信じる」。
結果は関係ない。
結果はただの事象ですから。

でも、本当に信じてもらっていたら、
その「信じる気持ち」に応えたい!と思うのが、人の心。

お母さんが本当に自分を信じていたら、
一生懸命勉強しますよ。

交際相手が本気で自分を信じていたら、
浮気だけはできません。
(うっかり他の恋に堕ちることはあるかもしれないけど)

単なる結果に振り回されずに、
誰かを信じ続けるということ。

心が苦しくなることもあるかもしれないけど、
信じる気持ちは持っていたいものです。

特に子供のことは、信じることはとても大事です。